大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成6年(ワ)8785号 判決

原告

田中三男

右訴訟代理人弁護士

青木秀樹

蛭田孝雪

被告

千代田生命保険相互会社

右代表者代表取締役

神崎安太郎

右訴訟代理人弁護士

岸上茂

被告

株式会社あさひ銀行

右代表者代表取締役

吉野重彦

右訴訟代理人弁護士

山本晃夫

高井章吾

杉野翔子

藤林律夫

尾﨑達夫

鎌田智

右訴訟復代理人弁護士

伊藤浩一

被告

あさひ銀保証株式会社

右代表者代表取締役

木村寿則

右訴訟代理人弁護士

新井藤作

金子包典

主文

一  被告千代田生命保険相互会杜は、原告に対し、金一四〇三万円及びこれに対する平成六年六月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告千代田生命保険相互会社に対するその余の請求並びに被告株式会社あさひ銀行及び被告あさひ銀保証株式会社に対する各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用のうち、原告に生じた費用の一〇分の三を被告千代田生命保険相互会社の負担とし、被告株式会社あさひ銀行及び被告あさひ銀保証株式会社に生じた費用は原告の負担とし、その余は各自の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

(一と二を選択的に)

一1  被告千代田生命保険相互会社(以下「被告保険会社」という。)は原告に対し、金四二五一万〇三四六円及びこれに対する平成二年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告と被告株式会社あさひ銀行(以下「被告銀行」という。)との間で、原告の同被告に対する別紙融資目録記載一の残元金一億〇〇七一万一七一三円の債務の存在しないことを確認する。

3  被告株式会社あさひ銀行は、原告に対し、金二〇四三万一三五一円及びこれに対する平成六年六月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  被告あさひ銀保証株式会社(以下「被告保証会社」という。)は、原告に対し、金一九一万七九一五円及びこれに対する平成四年三月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払い、かつ、別紙物件目録記載の不動産について平成二年三月二六日東京法務局練馬出張所受付第一四四六四号の別紙登記目録記載の根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

5  被告らは、原告に対し、連帯して、金二〇〇万円及びこれに対する平成六年六月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告に対し、連帯して、金一億六七五七万一三二五円及びこれに対する平成六年六月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、相続税対策に有効であるとして、被告保険会社の従業員の勧誘により被告銀行から金銭を借り入れて変額保険に加入した原告が、被告らに対し、契約の締結に当たり要素の錯誤があったとして契約の無効を理由に不当利得の返還などを求め、又は、選択的に、被告らの従業員に契約締結の勧誘に当たっての説明義務違反があったなどとして債務不履行又は不法行為による損害賠償を求めた事案である。

二  前提となる事実(掲記の各証拠によって認められる事実及び当事者間に争いがない事実。)

1  被告保険会社は、生命保険事業等を営む法人であり、久保田ヒロ子(以下「久保田」という。)は、変額保険の販売資格を有する被告保険会社の従業員(保険外務員)であり(乙第二六号証)、原告の妻の田中正子(以下「正子」という。)の実妹である。橋本尚武(以下「橋本」という。)は、被告保険会社の従業員であり、平成二年三月当時被告保険会社川口営業所の所長であって、同様に変額保険の販売資格を有していた(乙第二七号証)。

被告銀行は、株式会社協和埼玉銀行が社名変更したものであり、また、株式会社協和埼玉銀行は、株式会社協和銀行と同埼玉銀行が合併したものであり、福岡博志(以下「福岡」という。)は、その従業員(平成二年三月当時、埼玉銀行練馬支店勤務)である。

被告保証会社は、埼銀保証株式会社が平成四年九月に社名変更したものであり、埼銀保証株式会社は、首都圏保証サービス株式会社が平成二年一〇月に社名変更したものである。

2  変額保険とは、保険会社が、保険契約者から払い込まれる保険料中一般勘定に繰り入れられる部分を除いた大半の部分を特別勘定として独立に管理し、これを主として株式や債券などの有価証券に投資し、その運用実績に基づいて保険金額、解約返戻金が変動する仕組みの生命保険である。契約者は、経済情勢や運用如何によっては高い収益が期待できる反面、株価や為替などの変動のリスクを負うことになる。ただし、死亡・高度障害保険金については、保険金額に最低保証が設けられており、これは基本保険金額と呼ばれている。このように、保険金等が将来の運用実績に応じて変動する点、資産運用が一般勘定と分離されて特別勘定を利用して行われ、そのリスクを契約者が負担する点、死亡・高度障害保険金には最低保障があるが、その余の保険金、解約返戻金には最低保障がない点に従来の定額保険とは異なる特徴を有する。

変額保険は、日本では、昭和六一年七月に大蔵省から認可され、同年一〇月から販売が開始されたが、従前、日本では契約時に定めた保険金額が保険期間中一定している種類の生命保険しかなく、変額保険がこれらとは異なる商品特性を有していることから、大蔵省は、変額保険の契約者に迷惑を及ぼしあるいは生命保険事業に対する消費者の信頼を揺らぐ事態を惹起することのないよう、同年七月一〇日付けで、将来の運用成績について断定的判断を提供する行為、特別勘定運用成績について、募集人が恣意に過去の特定期間を取り上げ、それによって将来を予測する行為、保険金額あるいは解約返戻金額を保証する行為を禁止する通達を発し、また、生命保険協会では、自主規制として、変額保険の募集を行うことのできる者は、生命保険の募集人である(保険募集の取締に関する法律(以下「募取法」という。)九条)ほか、試験に合格し生命保険協会に登録して変額保険の販売資格を得た者だけに限定した。(甲第一ないし第六号証、枝番を含む。)

変額保険は、インフレによる保険金額の実質的目減りを避けられる点等にメリットがあるとされているところ、日本においては、高利回りの投資商品として注目され、特にバブル経済期の不動産価格高騰時には、銀行から借り入れた資金で変額保険の保険料を一括して支払うことが相続税対策になるとして、多くの変額保険契約が締結された。

3  原告は、被告保険会社との間で、平成二年三月二三日別紙保険契約目録記載の保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結し、同日同被告に対して保険料金一億七五九六万〇五〇〇円を支払った(乙第一、第六号証、弁論の全趣旨、原告は一億七五九六万一三二四円と主張するが、右証拠により右のとおり認める。)。

4  原告は、被告銀行との間で、平成二年三月二三日(当時は埼玉銀行)別紙融資目録記載一の、平成三年三月五日(前同)同目録二の、平成四年三月六日(当時は協和埼玉銀行)同目録三の、平成五年三月五日同目録四の、各金銭消費貸借契約(以下「本件融資契約一」のようにいう。)を締結してそれぞれ金員を借り受け(甲第七ないし第一四、丙第二、第三号証、弁論の全趣旨)、平成二年七月六日から平成四年二月ころまでに利息として合計二〇四三万一三五一円を支払った。

5  原告は、被告保証会社との間で、平成二年三月二三日(当時は首都圏保証サービス株式会社)、原告が被告銀行に対して負担する債務を被告保証会社が保証することを内容とする保証委託契約(以下「本件保証委託契約」という。)、及び、同被告の求償権を担保するため、原告所有の別紙物件目録記載の不動産に対して、権利者を被告保証会社、債務者を原告、極度額を金四億七一〇二万円、被担保債権の範囲を保証委託取引とする根抵当権設定契約(以下「本件根抵当権設定契約」という。)を締結し、同月二六日、右に基づく別紙登記目録記載の根抵当権設定登記を経由した。

また、原告は、右登記手続きに必要な費用として金二〇〇万円を支払い、さらに、被告保証会社に対し、保証料として、同年三月二三日に金二七三万四〇八八円、平成三年三月五日に金四万〇八五八円、平成四年三月六日金六万九七四九円の合計二八四万四六九五円を、それぞれ支払った。

6  原告は、被告保険会社に対し、平成五年一一月一〇日、本件保険契約の解約を申し入れ、同月一二日合計金一億五三五四万八〇八〇円の解約返戻金を受け(乙第四、第五、第一四、第一五号証)、その中から原告が平成五年五月及び六月に借り受けた契約者貸付(乙第九ないし第一三号証、久保田証言)の元利金の返済として金二〇〇九万七一〇二円が控除され(乙第一五号証)、現実には金一億三三四五万〇九七八円の交付を受けた。

7  原告は、被告銀行に対し、平成五年一一月一七日、本件融資契約四の元利金として金四五五六万八五六一円及び本件融資契約一の元利金として金七六五〇万円を、平成六年三月二五日、本件融資契約一の元利金として金一八〇〇万円を支払った。その結果、残債務は、金一億〇〇七一万一七一三円となった。

三  主たる争点

1  原告は、本件各契約について錯誤による無効を主張できるか。

2  被告ら従業員に本件各契約締結に際しての説明義務違反があるか。

四  原告の主張

1  本件各契約の錯誤による無効

(一) 正子は、久保田から、「相続対策にいい保険がある。」「利息が増えれば増えるほど税金が引かれる、土地は何もしなくてよい。」と言われ、その旨原告に伝え、その結果、原告及び正子は、銀行から借金をして変額保険に入ることにより、保険金や解約返戻金で相続税を支払うことができ、かつ、借入金も支払うことができると思った。

しかし、銀行借入保険料一時払による変額保険への加入が相続税対策になるためには、変額保険の運用利回りが銀行金利よりも一定以上大きいという特別の条件の下だけであり、すべての場合に相続税対策になるわけのものではない。しかるに、久保田及び被告保険会社の橋本からは運用利回りと相続税対策との関係について一切の説明がなかったため、正子及び原告は、変額保険に加入すれば安全確実な相続税対策になり、リスクはないものと誤信した。

右正子及び原告の認識内容及び変額保険加入の動機は表示されており、被告保険会社はこれを認識していた。

原告及び正子は、法律、税務、保険については全くの素人であり、本件保険契約が運用リスクの大きなものであり、相続税対策にならない場合があり、借入金が残存してしまう場合のあることを知っていれば、本件保険契約を締結しなかった。

したがって、本件保険契約は、要素の錯誤により無効である。

(二) 本件保険契約と本件融資契約は、一体のものである。

被告保険会社が原告に説明した相続税対策は、保険料を全額被告銀行から借り入れて一括して払い込み、その後契約者である原告が死亡したときに、原告死亡による死亡保険金と正子が被保険者となっている保険を解約して得られる返戻金を相続税の支払資金及び借入金の返済資金とし、他方、被告銀行からの借入金相当額を相続債務として相続財産から控除し得ることにより、相続税額を低く押さえるというものであって、このように、本件保険契約と被告銀行からの本件融資契約とは実質上一組のものであり、相続税対策として密接な一体的関係にある。

したがって、本件保険契約が錯誤により無効である以上、本件融資契約も錯誤により無効となる。

仮にそうでなくても、被告銀行は、被告保険会社から説明を受け、原告及び正子が相続税対策として変額保険に加入すること、そのために融資契約を締結すること、借入元金及び利息はすべて解約返戻金や保険金で返済できると誤信して本件融資契約を締結したことを知っていた。

したがって、本件融資契約は、要素の錯誤により無効である。

(三) 本件保証委託契約及び本件根抵当権設定契約は、いずれも被告銀行との本件融資契約に付随してされたものであるから、同様に錯誤により無効である。

2  説明義務違反

(一) 前提事実記載のとおり、変額保険は昭和六一年から発売された新しいタイプの保険であり、株価や為替などの変動が直接保険金等に連動し、保険会社の運用如何により、また、加入時期により、保険金等に大きな格差が出る上、その運用リスクは契約者が全面的に負担するもので、従来の生命保険とは大きく異なり、かつ、複雑であり、原告を含む一般の市民には、その仕組みを理解することに困難を伴うものである。そのうえ、変額保険に加入する方法による相続税対策は、更に複雑な仕組みになることから、通常人には著しく理解困難なものとなっている。こうした前記変額保険の特質及び募集規制の趣旨、並びに相続税対策としての目的に照らせば、被告保険会社の保険勧誘員は、その勧誘に当たって、信義則上、契約者が契約の結果不測の損害を受けることのないように配慮し、契約者が理解できるよう適宜に従来の保険との相違点や相続税対策の成否の限界等を説明する義務があり、この点で当然行うべき説明を著しく怠り又は不適切な説明、勧誘をした場合には、説明義務違反となり、不法行為又は債務不履行責任を負うべきである。

(二) 本件において、被告保険会社が説明すべき内容としては、変額保険の意義や内容、特にこれが従来の定額保険と異なり、死亡保険金や解約返戻金が特別勘定の運用実績に連動しており、運用実績がその対象である株式等の相場変動の影響を受けるため右解約返戻金等に相当幅のある変動が生じ、運用実績が悪化した場合には損失が生じること、相続税対策としての効果の成否が変額保険の運用の実績と連動するものであり、すべての場合に相続税対策として有効になるものではなく、前記のような場合には相続税対策にならないどころか負債のみが残るような事態も生じること、などである。

(三) 被告保険会社の従業員である久保田及び橋本は、正子及び原告に対し、右の説明を全くせず(正子は、被告保険会社から、甲第一七号証の一ないし四のシミュレーション表や図表のようなものを受け取っているが、これら資料に基づいての説明は一切受けていない。)、ことさら、借入をして変額保険に夫婦で入ることが安全確実な相続税対策であると断定的説明をして加入を勧誘した。

(四) 銀行は、他人の資産を預かり、運用する主体として社会的信用を有し、かつ、金融に対する専門家として社会的信頼も得ている。しかも、金融商品に関する知識の量、情報の収集力は、一般市民と比較して格段に大きい。

したがって、銀行は、顧客に対し、銀行の取り扱う金融商品に対する顧客の判断が適切にされ、不測の損害を受けることのないよう十分な説明をすべき義務がある。

被告銀行は、本件融資契約だけでなく、銀行借入による一時払終身型の変額保険という複合取引を扱ったのであり、変額保険加入による相続税対策は、前記のとおり、変額保険プロパーの危険性並びに変額保険を利用した相続税対策独自の危険性を有しているのであり、このようなリスクを伴う取引を扱った被告銀行(その従業員)には、信義則上、右複合取引の内容及びこれに伴う危険性、すなわち、変額保険の内容、仕組みとリスクの説明に加えて、どのような場合に相続税対策にならないか、運用利回りと借入金との関係、特に、変額保険の運用利回りが銀行金利を下回った場合にどのような結果になるか、そのような場合どのような損害が発生するかを、正確かつ具体的に分かりやすく説明する義務がある。

この点は、本件融資契約に付随して一体として契約された(被告銀行の従業員が事務手続きを行った。)本件保証委託契約の当事者である被告保証会社についても同様の義務があるというべきである。

しかるに、被告銀行、被告保証会社は、担当の福岡その他の銀行従業員において、これらの説明を一切しなかった。

(五) したがって、被告らは、募取法一一条、民法七一五条、七一九条に基づき、久保田、橋本、銀行員らの説明義務違反という違法な行為により原告に生じた損害を賠償する義務がある。

3  損害

(一)(1) 本件保険契約の保険料

合計金一億七五九六万一三二四円

(2) 本件融資契約一の残元本

金一億〇〇七一万一七一三円

(3) 本件融資契約の利息

金二〇四三万一三五一円

(4) 保証料

金二八四万四六九五円

(5) 根抵当権設定登記等に要した費用

金二〇〇万円

(二)(1) 解約返戻金等による損害填補

金一億三三四五万〇九七八円

(2) 戻し保証料

金九二万六七八〇円

(三) よって、損害額は、(一)から(二)を控除した金一億六七五七万一三二五円となる。

五  被告らの主張

1  被告保険会社

(一) 久保田は、本件変額保険を正子に勧誘するに当たり、平成二年二月中旬ころ、乙第一六号証の二の日経マネーの切り抜きをコピーしたものを手渡し、声を出して読みながら変額保険の説明をしており、右切り抜き部分には「リスクも大きい」という指摘があり、さらに「変額保険とは……」という囲み記事部分には「生命保険会社の運用成績次第で保険金や解約返戻金が変動する生命保険。運用成績が良ければ保険金額などは大きくなり、成績が悪ければこれらの額は減る。」等の指摘がされており、リスクについても十分な説明を行った。

(二) 本件変額保険への加入は、正子の積極的な意思に基づくものであり、本件保険契約の具体的な説明は、久保田及び橋本が正子に対し、パンフレット又は設計書に基づいて行っており、また橋本は、シミュレーションについても具体的に説明している。

(三) 原告は、正子から、これら変額保険についてリスクの面を含めその説明を十分に受けており、その変額保険を利用した相続税対策についても説明を受けている。その上で原告は被告銀行と本件融資契約を締結してその融資金を変額保険の保険料に充当しているのであり、また、告知書に自ら署名し、融資契約書についても自ら署名押印している。

(四) したがって、原告は本件保険契約の内容について十分理解して契約を締結しているのであるから、原告に本件保険契約を締結するについて要素の錯誤はないし、あったとしても重大な過失があるといえるから、本件保険契約は有効である。

また、被告保険会社は、久保田及び橋本により、変額保険について十分に説明しているから、原告の不法行為、債務不履行の主張は、理由がない。

2  被告銀行

(一) 本件融資契約と本件保険契約は、当事者及び目的を異にする法律上全く別個の契約であって、一体性を有するものではない。本件保険契約における保険料の支払に本件融資金が使用されたことは事実であるが、それは原告の判断によるもので、必然的なものではない。さらに、本件融資は、いわゆる飛び込みの案件であったのであり、被告保険会社と被告銀行が提携して、保険と融資をセットにした商品を扱っていたものではない。

したがって、本件保険契約の錯誤無効が認められたとしても、本件融資契約が無効となることはない。

(二) 原告の代理人の正子は、被告保険会社の橋本及び久保田から変額保険のリスクや相続税対策の仕組みについて十分な説明を受け、それを理解していた又は理解できる立場にあったから、本件融資契約につき要素の錯誤はなかったか、もしあったとしても正子ひいては原告に重過失があるというべきであるから、原告の錯誤無効の主張は理由がない。

(三) 本件融資契約と本件保険契約は全く別個の法律関係であるから、被告銀行には、変額保険の仕組みやリスクについて説明する義務はない。また、本件では、既に原告が被告保険会社から説明を受けて変額保険に加入する意思を固めた後に被告銀行に持ち込まれたものであり、被告銀行の行員が原告に対し変額保険について理解しているか確認したところ、原告から分かっているとの返答を受けている。さらに、相続税対策については、自らの責任において調査し、判断すべきものであり、被告銀行に、本件融資契約の説明を越えて相続税対策になるかどうかにつき説明すべき義務はない。

したがって、被告銀行に不法行為責任若しくは債務不履行責任は発生せず、原告の主張は理由がない。

3  被告保証会社

(一) 本件融資契約が有効であり、かつ、残債務が存在する以上、本件保証委託契約は有効であり、保証料を返還すべき理由はないし、本件保証委託契約に基づく求償権を被担保債権とする本件根抵当権設定登記も有効であって、抹消すべきいわれはない。

(二) 被告保証会社は、被告銀行が行う融資に際して、被告銀行に顧客との間の保証委託関係の事務を委託していたにすぎず、被告銀行の職員との間に使用関係があったものではないから、被告保証会社が責任を負う理由はない。

4  被告ら

仮に、被告保険会社、被告銀行の従業員に説明義務違反があり、何らかの損害賠償責任を負う場合には、原告及び正子にも重大な過失があったというべきであるから、過失相殺が行われるべきである。

第三  当裁判所の判断

一  本件各契約締結に至る経緯について

以下個別に掲記するほか、甲第七ないし第一五号証、第一七号証の一ないし四、第一八、第一九、第五二、第五三号証、乙第一ないし第一五号証、第一六号証の一、二、第一七号証、第一八号証の一ないし七、第一九号証、第二〇号証の一、二、第二一号証、第二五ないし第二七号証、丙第一ないし第三号証及び証人久保田ヒロ子、同田中正子、同福岡博志、同橋本尚武の各証言(以下「久保田証言、正子証言」のようにいう。)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  原告は、ガソリンスタンドに勤務するサラリーマンであり(学歴は中学卒業)、平成二年三月当時五六歳であって、自己の所有する貸家の管理のために設立した三進ハウジング有限会社の代表者となっているが、特段の経営に関する知識経験はなく、株式の取引経験もない。原告は、本件各契約の当事者となっているが、実際の手続きは妻の正子にすべて委任しており、正子が原告の代理人として、行動していた。

正子は、専業主婦であり(学歴は中学卒業)、平成二年三月当時五〇歳であって、同様に株取引の経験はない。同人は、本件各契約締結時までは、実妹の久保田の勧誘により被告保険会社との間で、原告又は家族名義で約一五の保険契約を締結していたが、これらは、いずれも定額保険であった。

原告は、本件各契約締結時ころ、東京都練馬区内他に約八五〇坪の土地とその内の一部の土地上に、自宅、貸家、駐車場を所有しており、原告及び正子は、将来の相続税について心配し、その対策のために農協の説明会に出席するなどしていた(正子証言、弁論の全趣旨)。

2  平成二年二月ころ、久保田は、相続税対策に関心を持っていた正子に対し、乙第一七号証と同じ変額保険のパンフレットとファーストという一時払終身保険のパンフレットを渡し、生命保険を利用する相続税対策を勧めた。その後、同月二〇日過ぎころ、久保田は、同様に、乙第一六号証の二の雑誌日経マネーの切り抜きのコピーを正子に渡した(久保田証言、乙第二一号証)。この点、正子は、三月七日以前に変額保険のことで資料をもらったり、話を聞いたことはない旨供述するが、甲第一七号証の一ないし四のシミュレーション表が三月二日に作成されていること、久保田においてそのようなシミュレーション表を正子に何らの話もせずに作成するとは考えにくいことに照らすと、右供述部分は採用できない。

3  久保田は、正子が変額保険に興味を示したことから、同年三月二日、甲第一七号証の一ないし四の各相続税納税額試算シミュレーション表と乙第一九号証と同じ様式の設計書(いずれもその後作り直されている。)を作成し、同月七日、原告方を訪れ、再度変額保険の勧誘をした。そのシミュレーション表は、現状下での相続税納付額、被相続人が変額保険に加入した場合の相続税納税額、相続人が変額保険に加入した場合の相続税納税額、これらを併用した場合の相続税納税額をそれぞれ試算した結果が表にまとめられているものである(ただし、相続税課税価額について、単位を間違えて、一〇億とすべきところを一〇〇億としている。)。久保田は、正子に対し、右シミュレーション表を渡したが、この表に基づく説明は行っていない(久保田証言)。久保田が帰る際、正子は、久保田に土地の坪数を書いた図面と測量図を渡した。

なお、久保田は、原告について作成した設計書(乙第一九号証とは異なる。)について、これを話が煮詰まった同年三月に入ってから正子に渡したうえ、変額保険の仕組みと運用例を、運用が九パーセント、4.5パーセント、〇パーセントに分けて書いてある運用実績例表により説明したと供述するのに対し、正子は同設計書を渡されたことも説明を受けたこともない旨供述する。この点、保険契約にあっては、設計書が作成交付されるのが一般的であり、本件において特にその交付が省略されるべき特段の事情も認められず、また、久保田は、後に正子が設計書をバインダーに綴じて所持していた旨供述するところからも、設計書については、いつの時点でどのような内容の設計書が交付されたかは明らかではないものの、交付自体はあったものと推認される。ただし、これについて説明があったかどうかは、久保田自身同人の陳述書(乙第二一号証)において、特に触れておらず、むしろ、橋本が説明した旨陳述していることからすると、交付するに当たり、久保田において正子に対し、十分な説明をしたと認めることはできない。

4  三月八日、久保田は正子に電話をかけ、明日練馬区の中村橋にある協和銀行中村橋支店に来て欲しいと連絡した。

翌同月九日、原告は自転車で協和銀行中村橋支店に赴いたところ、同所に橋本と久保田が来ており、橋本において同支店の融資担当者に変額保険の一時払保険料の融資を依頼したが、同支店では、変額保険に関する融資は扱っていないとのことであったため、同支店から融資を受けることはあきらめ、三人で食事をとった上、正子は自宅に帰った。

橋本は、折角来たので他の銀行を当たろうと考え、右協和銀行中村橋支店から得た埼玉銀行なら扱っているかもしれないとの情報から、埼玉銀行練馬支店(以下「練馬支店」とう。)にアポイントを取り、同日久保田とともに同支店を訪ねた。

5  練馬支店では、融資課長と行員の福岡が応対したが、橋本は、福岡らに対し、被告保険会社の変額保険及びこれを利用してする相続税対策について、原告に関し作成されていたシミュレーション表(甲第一七号証の一ないし四とは違うもの。)を示しながら、その概略を説明し、融資が可能かどうかを打診した。福岡らは、橋本が飛び込みで来たこと、それまで被告保険会社及び原告との取引がなかったことから即答ができないとして、話を聞くことだけにとどめた。

久保田は、同日、再度原告方に立ち寄り、正子に融資が受けられることになった旨告げたうえ、乙第一号証の生命保険契約申込書の保険金受取人欄及び同第六号証の生命保険契約申込書の被保険者欄に正子の署名を得、原告名欄については、後で原告に署名をしてもらうよう依頼して各申込書を預け(現実には右契約書の原告名は、正子が原告の代理人として署名した。)、同時に、正子に乙第一八号証の一ないし七と同じ「ご契約のしおり―定款・約款」を交付した。この点、正子は、ご契約のしおりを受け取っていないと供述するが、乙第一、第六号証に受領印が押されていること、保険契約では、この種の書類を交付するのが一般であり、本件でこれを省略する特段の事情も認められないから、正子の供述は採用できない。

そして、久保田は、印鑑証明書を取るため正子と連れだって区役所に行き、印鑑証明書の交付を受けたが、その道すがら、正子に対し、利息が増えれば増えるほど税金が引かれる、土地は何もしなくてもよいなどと、安全で確実な相続税対策であることを説明した。

6  ところで、久保田は、同日西武池袋線練馬駅で橋本及び正子と待ち合わせ、駅前の喫茶店で橋本が正子に対し変額保険の説明をしたと供述するが、正子は、同日は直接協和銀行中村橋支店に行ったと供述する上、橋本も同日練馬駅前の喫茶店で変額保険の説明をしたとは供述していないことに照らし、久保田の右供述部分は採用できない。

また、橋本及び久保田は、練馬支店には同日正子も家から駆けつけてきて説明を聞いた旨供述し、さらに、久保田は、同支店の若い行員がコンピュータをたたくなどして橋本が口を出す必要がないくらいに更に詳しく正子に相続税対策について説明をした旨供述するが、前認定事実並びにこれを明確に否定する福岡証言、正子証言に照らして採用できない。

7  その後、練馬支店は、原告の資産を調べるなどした後、被告保証会社(ただし、前提事実のとおり、当時は首都圏保証サービス株式会社)に保証が受けられるかどうかを検討させる一方、同月一二日に正子に来行を求め、変額保険に入るために融資を受けることの確認を得たほか、同支店の渉外担当の小林某に、数回原告宅を訪問させるなどして借入申込書等(同年三月一二日付け、甲第七、第八、丙第二、第三号証)、印鑑証明書などを徴した上、福岡において被告保証会社の池袋支店に持ち込んだ。

8  その間、原告及び正子は、被告保険会社の社医の健康診断を受けるなどしていたが、その後、保証会社の保証が受けられることになったことから、同月二三日、原告及び正子が練馬支店に赴き、前提事実記載のとおり、被告銀行との間で本件融資契約、被告保証会社との間で本件保証委託契約をそれぞれ締結したほか、被告保険会社との間で本件保険契約が締結され、保険料が支払われた(この点、正子は、同日原告及び正子は銀行に行っていないと供述するが、福岡証言に照らし、採用できない。)。

なお、福岡は、変額保険や、相続税対策について正子や原告に説明をしていないが、同人において、変額保険について被告保険会社から説明を受けているかどうかを原告に確認したところ、分かっているという返答があった。

9  ところで、橋本は、乙第二四号証の一ないし四の業務日誌からの推測に基づき、三月五日に久保田とともに自動車で原告方を訪れ、付近の食堂のような店で、正子に対し、変額保険の説明をしたと供述するが、正子は、右事実を全面的に否定する供述をする上、久保田も乙第二一号証の陳述書、証言のいずれにおいても、同日原告方を橋本と訪問して変額保険の説明をしたことを述べておらず、甲第五三号証に照らしても、橋本証言については同日の記憶にあいまいな点も存在し、かつ、このような重要な点について、事実が存在した場合に久保田が全く触れないということは考えにくいことに照らすと、右橋本の供述部分は採用できない。

二  錯誤の主張について

1  右認定事実並びに正子証言及び弁論の全趣旨によれば、正子ひいては原告は、銀行融資を受けて加入する変額保険の仕組みについて、十分な説明を受けることのないまま、したがって、これらについて十分な理解のないまま、久保田の言により、これが従前加入していた定額保険と同様安全確実であり、リスクはなく、しかも極めて有効な相続税対策になり、銀行から多額の融資を受けるものの、これらは保険金や解約返戻金で利息も含めて返済が可能であり、多額の負債が累積し、多大の損失を被る事態に至るおそれのない保険であると誤信していたものと認められる。

また、その誤信については、前記の経過からすると、勧誘に当たった久保田も認識していたと認めることができる。

したがって、本件保険契約の締結に当たり、原告にはその意思表示に要素の錯誤があったというべきである。

2  ところで、本件の変額保険のような、自己にとってなじみがなく十分に理解できていない、かつ、高額の保険に加入し、同時に、多額の銀行融資を受けようとする者は、各契約の内容については、契約者自身が十分に理解するように心がけ、交付を受けた書類を読むことは勿論、疑問があれば質問し、調査、確認するなどして、契約に当たり、誤解のないように努める義務ないし責任があるものというべきである。

本件においては、正子ないし原告は、本件保険契約締結前に、乙第一六号証の二の雑誌切り抜きコピー、乙第一七号証と同じパンフレット、乙第一八号証の一ないし七と同種のご契約のしおり、乙第一九号証と同種の設計書、甲第一七号証の一ないし四のシミュレーション表の交付を受けていたものであり、これらには、変額保険の概要、仕組み、保険金及び解約返戻金が特別勘定の運用実績に応じて変動し、これらが払込保険料よりも低くなる場合もあり、したがってその点でリスクを伴う趣旨のことが記載されていること、また、後記のとおり、十分な説明があったとは認定できないものの、前認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、正子及び原告は、右交付を受けた書類を十分に読むことなく、かつ、久保田、橋本あるいは福岡らに対して、変額保険や融資、さらにはどうして相続税対策になるかなどについて、特段の説明を求めたり、調査、確認などをすることもなく、極めて安易に各契約を締結していることが認められるのであって、これは、契約者として行うべき当然の義務ないし責任を果たさなかったものといわざるを得ない。

したがって、原告には、重大な過失があるというべきであり、錯誤を理由に本件保険契約の無効を主張することはできないものというべきである。

3  ところで、本件融資契約及び本件保証委託契約については、これが本件保険契約の保険料の支払のために締結されたものであり、相続税対策として、本件保険契約と密接な関連性を有しているものというべきではあるが、契約自体は別個のものであり、変額保険の性格、その危険性についての原告の誤信の内容は、これら本件融資契約及び本件保証委託契約の相手方に表示されていたとは認められない(前認定のとおり、福岡の確認の際に、原告は変額保険について分かっていると述べている。)から、これらの契約については、原告はそもそも錯誤を主張することはできないものというべきである。

三  説明義務違反の主張について

1  前提事実記載のとおり、変額保険は、昭和六一年から販売された新しい種類の保険であり、日本ではそれほどなじみのないもので、払い込まれた保険料の大半の部分が特別勘定に組み入れられ、株式や債券に投資されて運用され、その実績に応じて保険金、解約返戻金が変動する(ただし、基本保険金額は保証されている。)もので、運用実績次第では、大きな利益を生むことが期待できる反面、場合によっては解約返戻金が当初払い込んだ保険料額を大きく下回る危険性をも有するものである。また、これは、保険料を銀行からの融資で調達して一時に払い込むことにより、保険契約者が死亡した時点で開始される相続において、債務の存在により相続財産の評価額を減額させ、かつ、被保険者が契約者である場合には、相続税の支払資金が保険金として調達できる上、被保険者が契約者でない場合においても、契約者の死亡時に解約されて返戻される金額は、これが運用により増えていても、その相続財産としての評価が一時払いの保険料額に固定されるため有利になるなどして、相続税対策に有効な保険として脚光を浴びたが、運用実績如何では、銀行からの借入金利が運用実績を上回る事態になり、債務が累積していき、解約返戻金では融資を受けた元利金を支払いきれない事態も生じるものであり、現に、そのような事態に立ち至っている事案も多く、しかも、これはすべて契約者の危険負担となる点で一般的な定額保険と大きく異なっている。

2 このように、変額保険が新しい保険で、定額保険と大きく異なっていること、かつ、変額保険自体及びこれを利用してする相続税対策の仕組みが一般にはなかなか理解しがたいものであると認められること、保険料額も多額であり、しかも、通常その保険料を調達するために、更に多額の銀行融資(利息分も借入が行われることが多い。)と組み合わせて利用されるものであることからすると、変額保険を勧誘する者には、信義則上、契約者に対し、変額保険の概要、仕組みを説明することはもとより、そのリスクについても、契約者の年齢、社会的地位、経済知識、投資経験、資力、理解程度等に応じて、具体的に説明すべき義務があるというべきであり、また、変額保険を特に相続税対策として勧誘する際には、どのような場合に相続税対策になり、どのような場合にならないかについても説明すべき義務があるというべきである。

その場合の説明の方法、程度については、契約者がどのような者かにもよるが、十分な知識のない者に対しては、単にパンフレット類等を交付したり、抽象的一般的な説明をするだけでは足りず、資料等に基づき、相手が理解できる程度に、口頭での具体的な説明が行われる必要があるというべきである。

3  以上は、変額保険の勧誘に当たる保険会社の勧誘員の義務であるところ、右のように、変額保険は相続税対策として銀行からの融資を前提に締結される場合が多く、変額保険契約と保険料支払のための融資契約とは密接な関係があるというべきである。しかしながら、変額保険契約と融資契約では、契約当事者、契約の内容が各別であり、その契約自体の目的も異なるものであるから、銀行は、自らが積極的に変額保険の勧誘を行ったり、説明の主要な部分を担当したといった、その果たした役割、関与の程度が重要であるような特段の事情のない限り、一般的には融資についての説明をすれば足り、それ以上に変額保険についての具体的な説明をする義務はないものというべきである。この点は、保証会社についても同様である。

4  前認定の事実及び正子証言によれば、正子及び原告は、株式の投資経験もなく、変額保険の仕組み等について十分な知識を有していなかったものと認められる。また、正子及び原告は、久保田の勧誘により、数多くの保険に入っているが、いずれも定額保険であって、変額保険のように運用実績次第で多くの利益も見込まれるが、反面リスクも高い保険についての加入は初めてであること、また、正子及び原告は、相続税対策のために変額保険に加入しようというものであったから、本件で変額保険の勧誘に当たった者は、変額保険のリスクの存在を抽象的に認識させるだけでは不十分であり、相手方の理解程度に応じて、右2で述べたような変額保険の内容、そのリスク、銀行融資との関係、相続税対策になる場合とならない場合のことなどについて、資料を示しながら口頭で具体的に説明をする義務があるというべきである。

5  本件において、正子及び原告に変額保険の勧誘を行ったのは、久保田と橋本であるところ、久保田は、正子に対し、平成二年二月ころから変額保険の勧誘をしており、勧誘に当たって、ある程度の説明をしたであろうことは推測しうるし、前認定のとおり、パンフレット等を交付している。しかしながら、久保田は、乙第一六号証の二の雑誌切り抜きのコピーを正子に渡し、右コピーの一部の内容を読み上げて説明したと供述するが(乙第二一号証、久保田証言)、右読み上げて説明したとの事実は、これを否定する正子証言に照らしてそのまま認めることはできず、また、仮に、右事実があったとしても、未だ変額保険についてほとんど知識がなく、これへの加入を考えていない段階での右の程度の説明をもって、前記の説明義務を尽くしたということはできない。また、久保田は、甲第一七号証の一ないし四のシミュレーション表を交付しているが、これの説明をしておらず、シミュレーションについては、橋本が説明した、あるいは福岡が説明をした旨供述するのみである。さらに、ご契約のしおりについて説明したとも述べていない。設計書については前認定のとおりであり、これに基づいた十分な説明があったとは認められない。

他方、橋本は、同年三月五日に久保田とともに原告方を訪れて、付近の食堂のような所で、パンフレット及びシミュレーションに基づき変額保険について説明したと供述するが、前記のとおり、右事実は認定できない(いずれかの機会にパンフレット、設計書及びシミュレーションについて説明がされたのではないかとの疑問がないわけではないが、本件に現れた証拠によってはこれを認定することはできない。)。

そうすると、被告保険会社(その従業員)が変額保険について前記の説明義務を果たす程度に説明した事実は、結局認定できないものといわざるを得ない。

6  次に、被告銀行については、前認定のとおり、本件融資契約は、被告保険会社から飛び込みで持ち込まれた話であり、被告銀行自らが主導的に変額保険の勧誘をしたり、正子ないし原告の変額保険への加入の意思決定に積極的な役割を果たしたものとはいえない(この点、久保田は被告銀行の福岡の説明により正子が加入を決意したもののごとく供述するが、前記のとおり、福岡が変額保険について正子に説明をした事実は認めることができない。)から、被告銀行は、本件融資契約についての具体的条件等について説明すれば足り、変額保険について及びこれを利用した相続税対策についての説明義務を負うものではないというべきである。

また、これは、被告保証会社についても同様であり、被告銀行、被告保証会社には、正子及び原告に対する説明義務違反はないものというべきである。

四  損害について

1  以上により、被告保険会社には、その従業員(生命保険募集人)が変額保険の募集、勧誘に当たり必要とされる説明義務を尽くさなかったことにより原告が被った損害を募取法一一条により賠償する責任があるというべきである。

ところで、前認定事実によれば、原告は、十分な説明を受けなかったことにより適切な判断ができず、変額保険及びこれを利用してする相続税対策についての前記誤信に基づき、本件各契約を締結したものであり、右説明義務違反という不法行為がなければ本件各契約を結ばなかったであろうことが認められるから、右説明義務違反と相当因果関係のある損害としては、本件保険契約の保険料金一億七五九六万〇五〇〇円(前提事実)から解約によって返戻された金一億五三五四万八〇八〇円(乙第五、第一五号証)を控除した額(現実取得額は、これより少ないが、これは別途借り受けた契約者貸付けによる元利金が控除されたものであり、久保田証言、弁論の全趣旨によれば、これは、本件保険契約とは全く別の理由で借り受けたものと認められるから、これは原告が負担すべきものである。)金二二四一万二四二〇円、及び、本件融資契約による支払利息のうち、争いのない原告主張による金二〇四三万一三五一円、保証料(戻し保証料を除いたもの)金一九一万七九一五円、本件根抵当権設定契約に伴う費用金二〇〇万円の合計金四六七六万一六八六円であるというべきところ、前記の錯誤の点で判断したとおり、原告には、契約当事者として当然にすべき調査、確認を怠っており、過失があったというべきであるから、過失相殺を行い、原告の被った損害のうち、被告保険会社が賠償すべき金額は、約三割に当たる金一四〇三万円と評価するのが相当である。

2  なお、原告は、本件融資契約一の残債務についても損害であると主張するが、利息はともかく、融資金元本については、原告は現実に借入をしてその分の利益を得ているというべきであるから、損害には当たらない。

第四  結論

以上の次第で、原告の請求は、被告保険会社に対し、金一四〇三万円の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、原告の被告銀行及び被告保証会社に対する請求は、いずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官山﨑恒)

別紙〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例